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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8988号 判決 1993年5月19日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

《請求》

一  被告甲野松子は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告に対し、

1  被告花崎ふみは一五〇〇万円

2  同花崎美智子、同花崎信隆、同花崎正幸及び同花崎清はそれぞれ三七五万円及びこれらに対する昭和六三年一二月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

《事案の概要》

一  争いのない事実

1  甲野松太郎(以下「松太郎」という。)は、花崎茂から同人所有の左記建物(以下「本件建物」という。)を賃借し(以下、右賃貸借を「本件賃貸借」といい、本件賃貸借契約に基づく賃借権を「本件賃借権」という。)、本件建物に居住していたところ、昭和五五年一〇月一四日に死亡した。

所 在 東京都中野区《番地略》

家屋番号《略》

種 類 居宅

構 造 木造瓦葺平家建

床面積 八〇・一九平方メートル

2  松太郎の相続人は、妻の被告甲野松子(昭和九年生。以下「被告松子」という。)のほか、先妻との間の子の原告(昭和二一年生の男性)ほか七名であつたが、松太郎の死後、本件建物には同被告が一人で居住していたところ、花崎茂は、昭和六三年一二月一八日、同被告との間で本件賃貸借契約を解約する旨合意し、同被告から本件建物の明渡しを受けて、平成元年一月一九日、本件建物を取り壊した(但し、「ほか七名」については弁論の全趣旨によつて認める。)。

3  花崎茂は平成二年六月二一日に死亡し、その相続人は、妻の被告花崎ふみ並びに子の同花崎美智子、同花崎信隆、同花崎正幸及び同花崎清である(右被告ら五名を以下「被告花崎ら」という。相続分は、被告花崎ふみが二分の一、その余が各八分の一)。

二  原告の主張(争点)

1  松太郎の共同相続人全員の間で、昭和五五年一二月二〇日、本件賃借権は原告と被告花子が持分二分の一ずつの割合で共同取得する旨の遺産分割協議が調つた。

したがつて、本件賃借権については、松太郎死亡による相続により、原告と同被告が持分二分の一ずつの割合で準共有することになつたといえる。

2  花崎茂は、本件賃借権については原告にも権利(二分の一の準共有持分)があることを知りながら、原告に無断で、前記のとおり本件建物を取り壊して、本件賃借権を消滅させた。また、被告松子は、右同様に知りながら、原告に無断で、前記のとおり本件賃貸借契約の解約に合意し本件建物を明け渡すことによつて、右取壊しに承諾を与えた。

したがつて、花崎茂と同被告は、共同して不法に、本件賃借権についての原告の準共有持分(二分の一)を消滅させたものといえる。

3  本件賃借権は六〇〇〇万円以上の経済的価値を有していたから、右不法行為によつて原告は少なくとも三〇〇〇万円の損害を被つたといえる。

なお、前記遺産分割協議の際、本件建物につき極く近い将来において立退き話が具体化するであろうことが予想されたため、その立退料を原告と被告松子が二分の一ずつ取得するということで、本件賃借権については原告と同被告が持分二分の一ずつの割合で共同取得するということにしたものであるところ、同被告は、本件の立退料として花崎茂から三〇〇〇万円の支払を受けた。

4  よつて、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づいて、前記請求のとおりの金員の支払を求める(遅延損害金は不法行為の日から民法所定の年五分の割合)。

三  被告ら(共通)の仮定抗弁(争点)

原告は、前記の解約合意より前に、本件賃借権についての権利を放棄し、又は、本件賃借権に関する一切の処分を被告松子に委ねた。

《争点に対する判断》

一  《証拠略》によれば、松太郎の共同相続人全員の間で、昭和五五年一二月二〇日、本件賃借権は原告と被告松子が持分二分の一ずつの割合で共同取得する旨の遺産分割協議が調つたことが認められる。

したがつて、本件賃借権については、松太郎死亡による相続により、原告と被告松子が持分二分の一ずつの割合で準共有することになつたといえる。

二  しかし、《証拠略》によれば、原告は、かつては、本件建物に松太郎と二人で居住していたが、昭和四〇年代に、松太郎が被告松子と再婚し、同被告が同居するようになつたため、本件建物から転居し、その後は、本件建物に居住したことはなく(松太郎の生前は同人と同被告が二人で居住し、松太郎の死後は同被告が一人で居住した。)、週に一回程度、本件建物の一室をピアノのレッスン教室として使用していたものの、昭和五六年一一月ころ以降は、右のような使用をすることも全くなかつたばかりか、およそ本件建物を使用する予定も意思も全くなく、ただ単に、家主(花崎茂)から立退きの話が出て立退料が支払われることになればその半分を取得したいというだけであつたこと、なお、本件建物の賃料等の支払や修繕等についても、松太郎の死後は、同被告が単独でしてきたことが認められ、右認定事実に照らすと、本件建物が取り壊されて本件賃借権が消滅したにしても、原告に財産的(経済的)損害が生じたとは認め難い。

すなわち、建物賃借権(借家権)については、借地権とは違つて、借地法九条ノ二のような規定もなく、特約のない限り譲渡性がない(本件賃貸借契約において右特約があつたとは認められない。)から、いわゆる交換価値を観念することは難しく、右価値の喪失という意味での損害は考え難いし、長期間にわたつて、目的建物である本件建物を現実に使用しなかつたばかりか、これを使用する予定も意思も全くなかつた原告について、本件建物を「使用する利益が侵害された」ということはできず、本件建物を「使用できなくなつたことによる損害」を考えることはできない。

なお、《証拠略》によれば、花崎茂は、本件建物が昭和一〇年ころ建築の木造建物で老朽化していたため、その建替えを計画し、被告松子には別の建物(マンションの一室)を相場よりも安い賃料で(しかも、将来にわたつて増額はしないという約束で。)貸すことにして、本件建物の明渡しを受けたこと、その際、同被告は、本件建物から右マンションに引つ越すために要した実費分を支払つてもらつたほかは、本件建物を事務所にして姓名判断の営業をしていたことから、その休業補償として五〇万円の支払を受けただけで、他には金銭の支払は受けていないことが認められるところ、右のような花崎茂から同被告に対する利益の供与及び金銭の支払は、いずれも、同被告が本件建物を使用していたがゆえになされたもので、原告とは関係のないものというべきであつて、原告の損失によつて同被告が利益を受けたともいえない。

他に、本件全証拠を検討してみても、本件賃借権が消滅したことにより原告に財産的損害が生じたと認めるに足りる資料はない。

三  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴各請求はいずれも理由がない。

(裁判官 貝阿弥 誠)

《当事者》

原 告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 山岸文雄 同 山岸哲男

被 告 甲野松子

右訴訟代理人弁護士 牛嶋 勉

被 告 花崎ふみ

右法定代理人後見人 江口保夫

被 告 花崎美智子 <ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 江口保夫

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